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佐賀地方裁判所 昭和54年(行ウ)1号 判決 1980年10月31日

原告 栗並喜久雄

被告 佐賀県知事

代理人 野田猛 前田勇之助 江崎幸登 ほか三名

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  まず、本件各農地の買収処分に関する経緯についてみるに、<証拠略>、佐賀地方裁判所昭和二八年(行)第一一号農地買収並に売渡処分無効確認請求事件判決並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  第一及び第二物件について

西郷村農地委員会が昭和二二年五月一九日に同年七月二日を買収時期とする第二回農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年七月一日右計画につき佐賀県農地委員会の承認を受け、被告は、右買収計画により、第一物件については同年八、九月頃原告に対し、第二物件その一についてはその頃栗並実に対し、第二物件その二についてもその頃副島栄子に対しそれぞれ買収令書を交付し、原告、栗並実及び副島栄子はその当時国庫から各買収農地の対価及び報償金を受領した。

2  第三物件について

西郷村農地委員会が同年一〇月二五日に同年一二月二日を買収時期とする第四回(その三)農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年一一月二九日右計画につき佐賀県農地委員会の承認を受け、被告は、右買収計画により、同年一二月原告に対し買収令書を交付し、原告はその当時国庫から、右買収農地の対価及び報償金を受領した。

3  第四物件について

西郷村農地委員会が昭和二五年六月九日に同年七月二日を買収時期とする第一六回農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年六月三〇日右計画につき佐賀県農地委員会の承認を受け、被告は、右買収計画により、同年中原告に対し買収令書を交付し、原告は昭和二六年一月国庫から右買収農地の対価及び報償金を受領した。

4  第五物件について

西郷村農地委員会が昭和二五年一一月一六日に同年一二月二日を買収時期とする第一七回農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年一二月一日右計画につき佐賀県農地委員会の承認を受け、被告は、右買収計画により、同月二七日原告に対し買収令書を交付し、原告は昭和二六年五月一日国庫から右買収農地の対価を受領した。

二  ところで、「一部改正法」(編注・「自作農創設特別措置法の一部を改正する法律」(昭和二二年一二月二六日法律第二四一号))により新設された自創法四七条の二第一項但書によれば、自創法による行政庁の処分で違法なものの取消を求める訴えは、処分の日から二箇月を経過したときは出訴できないとされているところ(但し、「一部改正法」施行前になされた処分については同法施行日である昭和二二年一二月二六日を起算日とする。―「一部改正法」附則七条二項)、第一ないし第三物件の買収処分は「一部改正法」施行前になされたものであるから、右買収処分に関する取消訴訟の出訴期間の最終期限は昭和二三年二月二五日であり、第四及び第五物件に関する取消訴訟の出訴期間の起算日を仮に昭和二六年一月一日として計算してみても、同年二月末日がその出訴期間の最終期限となり、一方、本件訴えが昭和五四年一月八日に提起されていることは本件記録に徴し明白であり、右本件各農地の買収処分に関する取消訴訟の出訴期限から二〇年以上経過して提起されたものであることも明らかである。この点につき、原告は、自創法四七条の二第一項但書の場合にも行政事件訴訟法一四条三項但書を類推適用すべきであると主張するが、行政事件訴訟法は昭和三七年一〇月一日施行されたもので、前に第一ないし第三物件に関する買収処分は既になされており、また、第四及び第五物件に関する買収処分は同法の前身である行政事件訴訟特例法施行後なされているのであるが、行政事件訴訟特例法附則二項により同法施行前に生じた事項にも同法が適用されることになるので、本件では、結局、同法五条三項但書(行政事件訴訟法一四条三項但書に相当する規定である。)の類推適用の可否に帰するので、次にこの点について検討する(行政事件訴訟法附則七条二項参照)。

自創法四七条の二が行政事件訴訟特例法(以下特例法という。)五条五項にいう「他の法律に特別の定めのある場合」に該当することは特例法附則三項により明らかであり、自創法四七条の二と特例法五条の各規定を彼此対照すると、自創法四七条の二第一項但書については、特例法五条三項但書に相当する規定がなく、自創法が自作農を急速且つ広汎に創設し、耕作者の地位を安定させることを目的としていた(自創法一条)ことからすれば、特別に短かい出訴期間を定め、早期に自創法に基づく法律関係の安定を意図したもので、特例法五条三項但書のような救済を排除しているものと一応考えられないことはない。しかし、他面、いかに法的安定が強く求められる場合であつても、行政処分の法適合性を争つて出訴する権利は、「裁判を受ける権利」(憲法三二条)の保障という見地から最大限に尊重されなくてはならないとの要請も存するのであつて、行政事件訴訟に関する一般法たる特例法に出訴期間に関する救済規定(同法五条三項但書)が設けられている以上、右救済規定を排除する特段の合理性がないかぎり、自創法四七条の二第一項但書の解釈にあたつても右規定の趣旨が類推適用されると解すべきである。そして、自創法が自作農を急速且つ広汎に創設するための立法であることは前記のとおりであるけれども、右目的からしても、出訴期間を遵守し得なかつた場合の例外的な救済措置についてまで特別に制限的にすべき合理的必要性は必ずしもないのであつて、してみれば、特例法五条三項但書の規定は自創法四七条の二第一項但書の場合にも類推適用されると解するのが相当である。従つて、出訴期間を徒過した経緯につき、具体的な諸事情を衡量して、その責任を原告に負担させることが著しく不合理であるとの疎明がある場合には、出訴期間を経過したことにつき「正当な事由」があるといわなくてはならない。

三  そこで、以下、原告に右「正当な事由」があるかどうかについて判断する。

<証拠略>、送付嘱託に係る最高裁判所昭和四七年(オ)第一四号事件、佐賀地方裁判所昭和二八年(行)第一一号事件、福岡高等裁判所昭和二九年(ネ)第七五六号事件、長崎地方裁判所佐世保支部昭和四三年(ワ)第九六号事件、福岡高等裁判所昭和四三年(ネ)第八三七号事件、最高裁判所昭和四四年(オ)第六八七号事件、福岡高等裁判所昭和四五年(ム)第一号事件、最高裁判所昭和四七年(オ)第一四号事件、最高裁判所昭和四七年(ヤ)第二三号事件の各記録及び<証拠略>を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  原告は、昭和一五年頃より大阪市に居住し、藤沢薬品工業株式会社に勤務していたが、昭和一九年二月頃第二次大戦で陸軍に召集され、家族と共に西郷村に帰つた後、その頃久留米陸軍病院に入隊し、その後北支方面に出征、終戦後昭和二一年八月頃帰国し、召集解除となつて、その頃西郷村に帰郷したが、間もなく再び大阪市方面に出向き、同年一〇月下旬頃大阪府布施市から西郷村に帰つて薬屋を始めたのであるが、一方、西郷村農地委員会は、昭和二二年四月頃より原告を、仮装自作の疑いで調査していたところ、原告がかねてより大阪市所在の藤沢薬品工業株式会社に勤務し、昭和一九年に召集を受けた事実、昭和二一年一〇月一日頃まで大阪府布施市で主食等の配給を受けていた事実等が判明したので、昭和二〇年一一月二三日当時原告の住所が西郷村になかつたものと認定し、昭和二一年法律第四三号自創法附則二項により第一及び第三物件につき不在地主の小作地として前記認定のとおりの買収計画を定め、右買収計画に基づき、被告が右各物件の前記各買収処分をなした。その間、原告は、昭和二二年頃から西郷村で薬局を開業していたが、昭和二四、二五年頃佐賀市赤松町に事務所を構え、薬の販売を行なつていたところ、昭和二五年に、第四及び第五物件につき、不在地主の小作地として前記各買収処分がなされた。

2  原告は、第一ないし第三物件を不在地主の小作地として買収したのが違法であるとして、昭和二五年九月右不在地主と認定した西郷村農地委員会委員一〇名を職権乱用の容疑で佐賀地方検察庁に告訴し、次いで、昭和二六年七月、右農地委員会の中牟田文吾が原告提出の右農地買収に係る異議申立書を捨てたことが職権乱用及び器物損壊の容疑があるとの理由により同人を告訴し、更に、昭和二七年五月、右農地委員会長樋口安太郎を文書偽造同行使の容疑があるとして告訴したものの、いずれも不起訴処分となつた。そこで、原告は、昭和二八年一〇月六日佐賀地方裁判所に対し第一ないし第三物件に関し原告が不在地主としてなされたこと等を理由として、農地買収処分等の無効確認を請求する訴訟(同裁判所昭和二八年(行)第一一号)を提起したところ、不在地主の認定に誤りがあつたとしても、それは処分の取消原因とはなりえても、無効原因たりえないこと等を理由に、昭和二九年九月二五日請求棄却の判決をうけ、福岡高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和二九年(ネ)第七五六号)が、昭和三〇年六月二八日ほぼ同じ理由で控訴棄却の判決がなされ、同判決は同年七月二三日に確定した。

3  次いで、原告は、昭和三四年、長崎地方裁判所佐世保支部に対して、国を被告として二億五〇〇〇万円の支払を求める国家賠償法による損害賠償請求訴訟を提起し、併せて訴訟救助の申立をしたが、右申立が却下されたので右訴えを取下げ、昭和三六年福岡地方裁判所に対して、同じく国を被告として、西郷村農地委員会が原告を不在地主と認定したこと、同委員会委員を佐賀地方検察庁検察官に告訴した際、神崎警察署大川巡査部長が樋口安太郎を取調べるに当り、同人が原告を不在地主と供述したのをそのまま信用したこと、及び佐賀地方裁判所が同裁判所昭和二八年(行)第一一号事件につき原告の請求を棄却したことが、それぞれ各担当官の故意または過失に基づくもので、右各不法行為により一二五万一三〇〇円の損害を蒙つたとして、右金員の支払いを求める損害賠償請求訴訟(同裁判所昭和三六年(ワ)第六八四号)を提起したが、昭和三八年一二月一二日請求を棄却されたので、福岡高等裁判所に控訴を提起した(同裁判所昭和三九年(ネ)第六七号)ものの、昭和三九年一二月一五日控訴棄却の判決をうけ、その後同判決は確定した。そこで、原告は、同裁判所に対し再審の訴えを提起した(同裁判所昭和四〇年(ム)第六号)ところ、昭和四一年二月一六日却下されたため、これに対し更に最高裁判所に上告した(同裁判所昭和四一年(ネオ)第二四号)が、右上告も昭和四一年三月九日却下された。

4  また、原告は、昭和四三年、長崎地方裁判所佐世保支部に対し、国を被告として、福岡地方裁判所が同裁判所昭和三六年(ワ)第六八四号事件につき原告の請求を棄却したこと、その控訴事件である福岡高等裁判所昭和三九年(ネ)第六七号事件につき同裁判所が控訴棄却の判決をしたこと、及びこれに対する再審事件である同裁判所昭和四〇年(ム)第六号事件につき同裁判所が再審の訴えを却下したことが、それぞれ右各裁判所担当裁判官の故意・過失による不法行為を構成し、原告が二億五〇〇〇万円の損害を蒙つたとして、内金一一万円の支払を求める損害賠償請求訴訟を提起した(長崎地方裁判所佐世保支部昭和四三年(ワ)第九六号)が、昭和四三年一一月二五日請求を棄却された。これに対し、原告は福岡高等裁判所に控訴した(同裁判所昭和四三年(ネ)第八三七号)ところ、右控訴も昭和四四年四月一五日棄却されたため、最高裁判所に上告した(同裁判所昭和四四年(ネ)第六八七号)が右上告も棄却となり、昭和四四年一二月二三日右控訴審判決が確定した。更に昭和四五年福岡高等裁判所に対し同庁昭和四三年(ネ)第八三七号事件判決の取消し等を求めて、再審の訴えを提起した(同裁判所昭和四五年(ム)第一号)ところ、昭和四六年九月三〇日右再審の訴えは却下され、これに対し最高裁判所に上告した(同裁判所昭和四七年(オ)第一四号)が、同年四月一三日右上告も棄却され、なお更に右上告棄却判決に対し再審の訴えを提起した(同裁判所昭和四七年(ヤ)第二三号)けれども、同年六月一五日右再審の訴えも却下された。

5  その後、原告は、前記佐賀地方裁判所昭和二八年(行)第一一号事件判決及び福岡高等裁判所昭和二九年(ネ)第七五六号事件判決の各理由中に、仮に西郷村農地委員会が原告を不在地主と認定したことに過誤があるとしても、それは当該行政処分の取消原因とはなつても、当該処分を当然無効とするものではない旨の判示があることから、被告に対して、本件各農地の買収処分を取消すこと、及び昭和二二年西郷村農地委員会がした農地買収計画決定の議決を取消すこと等を求めて交渉した後、昭和五四年一月八日に至り本件各訴えを提起した。

6  なお、原告は、本件各農地の買収処分に関して、昭和四一年被告に対して農地被買収者給付金の請求をなし、翌年国庫から金二一万円の支給を受けた。

以上の通り、原告は、二〇年有余に及ぶ期間、裁判等様々な法的手段により本件各農地の買収処分に関して争つてきたことが認められるのであるが、特例法五条三項但書にいう「正当な事由」というのは当該出訴期間内に取消訴訟を提起することが出来なかつたことについての止むを得ない事情のほか、出訴の障害解消後遅滞なく提起された訴えかどうかの点を含めて決すべきところ、原告は本件各農地の買収処分当時西郷村に在村して買収令書の交付を受け、買収処分があつたことを承知していたのであり、昭和二八年には農地買収並に売渡無効確認訴訟を提起しているのであつて(原告が無効確認訴訟を提起したのは取消訴訟の出訴期間を徒過していたためであると推認できなくもない。)、原告が本件訴訟提起に至るまで二〇年以上にわたつて取消訴訟の出訴期間を徒過した事情は、原告において本件各農地の買収処分に関して取消訴訟が提起できること及び右訴えの提起は自創法に定める出訴期間内にしなければならないことを知らなかつたとしても、法律の不知による通例の出訴期間徒過の事情の域を出ず、とても出訴期間の徒過が正当事由によるものとはいい難い。また前記の通り佐賀地方裁判所昭和二八年(行)第一一号事件及び福岡高等裁判所昭和二九年(ネ)第七五六号事件判決の各理由中には、仮に原告を不在地主と認定したことに過誤があるとしても、それは当該行政処分の取消原因となるに止まる旨の判示があつたのであるから、右各判決が言渡された当時取消訴訟の出訴期間内に訴えを提起出来なかつた事情を疎明して本件各農地の買収処分の取消を求める訴えを提起することも可能であつたというべきである。加えて、本件各農地の買収処分後三〇年余の時間が経過し、その間買収処分を基礎として売渡しを受けた者等関係者の法律関係が新たに創設され、進展を遂げているであろうこと及び昭和四一年には自ら請求して農地被買収者給付金の支給を受けていることを考え合わせれば、原告が前記認定のような裁判等で争つて来た経過をもつて本件訴えを出訴期間内に提起出来なかつた正当な事由があるとは到底言うことが出来ず、他にこれを認めるに足りる疎明もない。

なお、原告は買収当時の所有名義人が栗並実及び副島栄子となつている第二物件についてもその買収処分の取消を求めており、その原告適格につき疑いも存するのであるが、それを措いても、以上述べてきたと同じ理由により出訴期間を徒過した不適法なものと言わざるを得ない。

よつて、本件訴えはいずれも出訴期間を徒過した不適法なものであるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和 簔田孝行 原敏雄)

物件目録 <略>

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